パチスロからの重大な予告
「もちろん、来ますよ」そういいながらも、やはり、辞めよう。
この段階では、まだ、その思いが強かった。
「がんばろう。
がんばっていけば、この仕事の楽しさがきっとわかる」そこまでいわれて、Nもついに、迷いを振り切るように、翌日の出勤を約束していた。
疲れきり、重い足を引きずるようにして帰宅すると、Hが半分むくれて待っていた。
Nがいくら仕事だったと説明しても、最初はなかなか信じようとしなかった。
「初日から、こんな時間まで仕事があるわけないでしょう」Hが納得できないのも無理はなかった。
小さなテーブルには、初出勤をお祝いしようと、Hが整えた食卓が冷えきっていた。
それを見て、Nの心は再び、揺れはじめる。
だが、先輩と約束したんだ。
とにかく、Nは、翌日も通勤電車に乗り込んだ。
1時間で2500万円の商談成立を目の当たりにしてその後も、帰宅時間はかぎりなく遅い日が続く。
休みもあるのかないのかわからないような日々の連続だった。
だがNは、ほどなく、不動産ビジネスの世界のおもしろさに開眼していく。
そんなきっかけとなったのは、1年先輩の社員と同行営業しているときのことだった。
「ちょっと待ってろよ」先輩はそういうなり、いきなり魚屋に飛び込んでいき、そのまま、1時間ほど出てこない。
入社まもないNは、ポケットベルも持たされておらず、ひたすら待つほかなかった。
やがて、先輩がガッツポーズをしながら出てきた。
手にした契約書にはしっかりと捺印があり、手付金50万円ももらっていた。
契約成立したのは、2500万円のマンションだった。
Nが目を丸くして、「いま、決めたんですか?」とたずねると、「おお、即決だ」と胸を張る。
この瞬間、Nは不動産ビジネスのスケールの大きさに心をとらえられてしまったのだ。
「すごい。
不動産ビジネスというのは、たった1時間で2500万円の金額が動くんだ」Nをカルチャーショックが襲った。
東北の片隅で、堅実な国鉄職員の子どもとして育ったNにとって、2500万円とは、生涯で一度、動かすかどうかの金額というイメージがあったのだ。
初めての商談成立それ以来、Nは変わった。
もともと、自分が興味をもったものにはとことんのめり込むタイプである。
不動産の本を買ってきて読みまくる。
夜の10時だろうと、11時だろうと、会社で先輩や仲間と仕事にかかわる話に熱中する。
自分が参加しなくてもよいミーティングにも顔を出し、みるみるうちに業界の知識やノウハウを吸収していった。
だが、熱意に反して、営業成績のほうはさっぱりだった。
入社2カ月経っても、3ヵ月経っても、4ヵ月経っても契約がとれないのだ。
不動産ビジネスは、入社した社員の数だけ、毎年、辞めていくような世界である。
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